FANDOM


Tsuburaya production head office hachimanyama setagaya tokyo 2009

東京都世田谷区八幡山にある本社社屋

円谷プロダクション(つぶらやプロダクション)は、日本の独立系映像製作会社。通称「円谷プロ」。

円谷英二により設立された後、幾たびか経営母体が変遷し、現在はフィールズグループ傘下にある。

概要 編集

高度な特殊撮影技術を用いた作品を作ることで知られ、ウルトラシリーズを始めとする数多くのテレビ番組劇場用映画を製作し続けている。

かつては創設者の円谷英二の出身映画会社である東宝との結びつきが強く、円谷プロの主要株主にもなっており、東宝役員が非常勤役員を兼ねたり、出向スタッフも送り込んでいた。また、同社砧撮影所や傍系スタジオである東宝ビルト(東京美術センター)の施設を円谷プロに提供したり、東宝受注のテレビ映画を孫受け発注するなどしていた。

経営母体の変遷 編集

円谷家経営時代編集

円谷プロの作品は、ウルトラシリーズに代表される様に、クオリティの高い作品が多いが、それゆえに1本当りの制作費が高くなり、作れば作るほど制作費の赤字がかさむという負の連鎖に長年悩まされていた。やがてこの問題は、同社の経営に度々大きく影響を及ぼしはじめた。

21世紀初頭からは、大ヒット作に恵まれなかった事や、映画製作費負担の増加、長年の同族経営による経営基盤の弱体化などで経営が悪化し、2007年2月期決算では、売上高約56億円に対して、当期純利益は約4,400万円にとどまった。また、2007年6月の取締役会では、大幅なリストラを主張した大山茂樹代表取締役社長(当時)を、元社長で創業者の孫である円谷一夫代表取締役会長(当時)が解任し、円谷が再び社長を兼任するなど、経営陣の足並みの乱れが表面化してきた。

TYOの連結子会社化編集

2007年10月、上記の様な問題を抱えていた円谷プロは、最終的に、CM映像コンテンツ製作などを手がける映像大手会社の株式会社ティー・ワイ・オー(以下、TYO)の傘下に入ることで[注 1]経営の危機を回避した。これにより、TYOは円谷プロ株式の54.4%を間接保有する事となった。TYOの経営参画後は、円谷一夫が円谷プロ・円谷エンタープライズの両社の取締役会長として残ったものの、円谷プロ創業以来続いてきた創設者一族の円谷家による同族経営に、終止符がうたれることとなった。

バンダイナムコグループの資本参加編集

その後、TYOによる内部的な組織改革などが進みつつ、これらと平行して、円谷とはウルトラシリーズで強い縁を持つバンダイナムコグループ(以下、BNG)が資本参加。2008年1月、TYOは、持ち株のうち33.4%を、BNGの子会社であるバンダイに譲渡売却。2009年7月には更なる株式譲渡が行われており(現在のバンダイ持ち株比率は49%)、BNGの円谷における経営発言力は増加している。

フィールズの連結子会社化編集

2010年4月2日、TYOは保有する51%の株式すべてを、パチンコ開発販売会社のフィールズ株式会社に売却、円谷プロはフィールズの子会社となった[1][2]

沿革 編集

Tsuburaya Productions 2008-1

かつての砧社屋(旧本社)2008年2月閉鎖

  • 1948年(昭和23年) 太平洋戦争中に戦意高揚映画を撮影したことから東宝公職追放(依願解雇)された円谷英二が、自宅に特殊映画技術研究所(通称「円谷研究所」)を設立。
  • 1950年(昭和25年) 東宝砧撮影所内へ研究所を移転。
  • 1952年(昭和27年) 円谷英二、公職追放解除で東宝に戻る。
  • 1956年(昭和31年) 新たに、円谷英二自宅に「円谷特技研究所」を設立。
  • 1963年(昭和38年)4月12日 円谷特技研究所を法人化、「株式会社円谷特技プロダクション」を設立。
  • 1964年(昭和39年)3月30日 東宝が資本と役員を投入。同時に砧撮影所の衣装倉庫を円谷特技プロダクションに提供。
  • 1968年(昭和43年)12月6日 現在の名称である「株式会社円谷プロダクション」となる。
  • 2005年(平成17年) 本社を世田谷区砧から同区八幡山に移転。砧の旧本社は改装し、砧社屋として、怪獣等の着ぐるみの保管やCG製作に使用された後2008年に取り壊し。
  • 2007年(平成19年)10月 円谷エンタープライズが第三者割当増資を実施し、ティー・ワイ・オーが引き受けることにより、ティー・ワイ・オーの傘下になる。同時に円谷一夫会長兼社長(当時)の保有株式の大半を円谷エンタープライズに譲渡。設立以来の円谷家による同族経営に終止符をうつ。また10月31日をもって、俳優・タレントのマネジメント部門である「芸能部」を閉鎖する。
  • 2008年(平成20年)1月7日 円谷エンタープライズ、同じティー・ワイ・オー傘下の製作プロダクション「ビルドアップ」、円谷プロダクションの3社が合併。円谷プロを存続会社として、ティー・ワイ・オーの完全子会社化。ビルドアップが「円谷プロの特撮製作セクション」として再スタートする。同時に資本金を1,000万円から3億1,000万円へ大幅増資。
  • 2008年(平成20年)1月21日 ウルトラシリーズの玩具を長年手がけてきたバンダイがティー・ワイ・オーより株式33.4%を取得し円谷プロに出資、同時に円谷プロ作品の独占的商品化権を取得(従来は毎年契約を更新していた)。
  • 2008年(平成20年)2月6日 砧社屋(旧本社)と砧社屋内の怪獣倉庫の敷地を売却のため閉鎖、取り壊しを発表。最後のマスコミ向け公開を実施。[3]
  • 2010年(平成22年)4月2日 ティー・ワイ・オーの所有する全株式が株式会社フィールズに譲渡。円谷プロはフィールズの連結子会社となる。

歴代社長 編集

  1. 円谷英二(1963-1970)
  2. 円谷一(1970-1973) - 円谷英二の長男
  3. 円谷皐(1973-1994) - 円谷英二の次男
  4. 円谷一夫 - 円谷皐の長男
  5. 円谷昌弘 - 円谷一の長男
  6. 円谷英明 - 円谷一の次男
  7. 大山茂樹 - 東宝不動産取締役から招致された。
  8. 円谷一夫 - 前社長大山茂樹を解任して復帰。
  9. 森島恒行 - 円谷エンタープライズ創設に参加。
  10. 大岡新一 - 円谷プロダクション生え抜きのカメラマン

作品編集

制作著作作品 編集

制作協力作品 編集

CM 編集

円谷ヒーロー一覧 編集

  • ウルトラシリーズより
  • レッドマンより
    • レッドマン
  • ミラーマンより
    • ミラーマン
  • トリプルファイターより
    • グリーンファイター
    • レッドファイター
    • オレンジファイター
    • トリプルファイター
  • ファイヤーマンより
    • ファイヤーマン
  • ジャンボーグAより
    • ジャンボーグA
    • ジャンボーグ9
  • 恐竜大戦争アイゼンボーグより
    • アイゼンボー
  • 恐竜戦隊コセイドンより
    • コセイダー
  • プロレスの星アステカイザーより
    • アステカイザー
  • アンドロメロスより
    • アンドロメロス
    • アンドロウルフ
    • アンドロマルス
    • アンドロフロル
  • 電光超人グリッドマンより
    • グリッドマン
  • 生物彗星WoOより
    • アイ吉

エピソード 編集

エイプリルフール 編集

2000年代後半から、エイプリルフールになると、インターネット上で手の込んだネタを発表することでも知られる。[4]これまで発表された主なネタは下記の通り

  • 2006年  SNSサイト「エムナナハチ」(mixiのパロディ)
  • 2007年  前回と同じく「エムナナハチ」だが、こちらは前回、アクセスが集中してしまった為にサーバダウンを起こし、観覧出来なかったファンから苦情が寄せられたこともあり、ウルトラの父による謝罪文を掲載。前日がウルトラマンメビウスの最終回であったこともあり、メビウスのアカウントでログインする形になっていた。
  • 2008年  カネゴンによるアフィリエイトブログ「カネゴンの78ちゃんねるまとめサイト」(2ちゃんねるのパロディ)。ウルトラ兄弟やウルトラ怪獣達が2ちゃん語VIP語で会話を繰り広げるという珍妙な光景が繰り広げられた。また、一部には特撮!板のウルトラネタも含まれていた。
  • 2009年  前回に引き続きカネゴンのブログに加え、ゴモラゾフィー・ザギなどのブログも閲覧出来るようになっていた。ゴモラのブログ(しょこたん☆ぶろぐのパロディ)に書かれたメールアドレスに応援メールを送信すると個別に本獣からの返信があったが、メールが殺到したためか返信が翌日に持ち越されたりした人もいた。また、ニコニコ動画のパロディ「シュワシュワ動画」も開設。公式配信されている動画のほかに、当時のニコニコ動画で人気だった動画のパロディも表示された。
  • 2010年  Twitterのパロディ・“ 円谷ッター(ツブッター)”を開設。主要ウルトラマンや怪獣・宇宙人たちが24時間ほぼリアルタイムで“ つぶやき ”続けた[注 2]。この他、シュワシュワ動画では生放送も実施。放送中に発表された「ウルトラマン80放送30周年記念・DVDボックス」は本当に発売されることになった。

その他 編集

  • 祖師ヶ谷大蔵駅周辺の商店街は「ウルトラマン商店街」として営業中であるが、この町おこしプロジェクトにおいて円谷プロはウルトラマンの版権を無償提供している。
  • 2005年(平成17年)9月 移転して間もない本社ビルの地下部分が豪雨により水没した。

所属スタッフ 編集

現在 編集

過去 編集

関連スタッフ 編集

過去 編集

芸能部 編集

円谷浩をマネジメントする目的で設置され、円谷浩が他社へ移籍した後も所属俳優タレントのマネジメントを行っていたが、慢性的な赤字体質を脱却できず、経営改革に伴い2007年10月31日をもってセクションを閉鎖した。

閉鎖後、所属タレントの一部とスタッフの大半は、円谷ミュージックの新会社「T.M.Lab」に移籍している。

所属していたタレント 編集

男性 編集

女性 編集

グループ 編集

関連項目 編集

脚注 編集

  1. TYOが円谷プロの筆頭株主である円谷エンタープライズの株式を、同社の第三者割当増資で取得し、円谷エンタープライズの筆頭株主(80%保有)となった。また、円谷一夫が当時保有していた円谷プロ株式の大半(22.5%)を円谷エンタープライズに譲渡することにより、円谷エンタープライズにおける円谷プロ株式の保有比率を45.5%から68.0%に引き上げた。これらのプロセスを経て、円谷プロはTYOグループ入りした。
  2. なお、つぶやき自体はTwitterの公認アカウントを取得して行われたので各ウルトラマン・怪人・怪獣の個別つぶやきはTwitter上で閲覧出来たが、「ブースカ」と「ウルトラマンフェスティバル2010」のアカウント以外は「翻訳者の体力的限界」を理由に1日のみで更新を停止し、それまでのつぶやきも全面的に削除された。その後、一部のアカウントは不定期に更新されている。外部リンクの“ 円谷ッター(ツブッター)跡地”にTwitterの円谷プロ公認アカウントリンク集あり。

参考文献 編集

  1. テンプレート:PDFlink
  2. 円谷プロ、パチンコ機器関連会社の傘下に YOMIURI ONLINE(読売新聞)2010年3月17日
  3. 円谷プロの“聖地”にお別れMSN産経ニュース 2008年2月6日報道 :※現在は公開終了。Internet Archive Wayback Machine内に納められた当時のコンテンツはこのリンク先から閲覧可能。
  4. 2010年4月1日、今年もすごいぞ! エイプリルフールネタ合戦、円谷プロから2ちゃんまで

外部リンク 編集



Smallwikipedialogo このページには、クリエイティブ・コモンズでライセンスされたウィキペディアの記事が使用され、それをもとに編集がなされています。使用された記事は円谷プロダクションにあり、その著作権者のリストはページの履歴に記録されています。
特に記載のない限り、コミュニティのコンテンツはCC-BY-SA ライセンスの下で利用可能です。